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今日…。

Posted by POCO A POCO on 11.2013 ひとりごと 4 comments 0 trackback



今日が近づくにつれて、TVではいろんな特集が増えているね。

今日は朝から夜まで関連番組だろうな。

淡々とした報道が少なく、お涙頂戴か誰かの賛美が多いな。

そんな気がするんだ。


南三陸とか陸前高田とか。

メディアはこぞって行って報道しているね。


本当に被害が大きくて。

全てのものを根こそぎ失って。

それは想像に余りある被害であり痛みであり喪失感だと思うんだ。

自分が生きている事を、生かされた事を罪だと思っている方もいらっしゃるのは悲しいね。



ただ。

そう…。

ただ…なんだ。


例えば福島県の福島市や郡山市。

生活は元に戻った方が多いね。

前と変わらない生活を送っているかのようだけど。

表面に現れにくい静かな闘いをし続けている人は少なくないんだよ。



震災以降、娘は2人の子どもを産んだ。

友人の中には「今産んで大丈夫なの?産ませていいの?」と無邪気に訊いた人もいた。

正直なところ、全く心配じゃなかったと言ったら嘘になる。

色々な事が実しやかにネット上でも流れていたからね。

そんな事を言われなきゃならない地に住んでいる認識と覚悟は持っていたつもりだ。

言いたい人は言うからね。


彼女は悪気があった訳ではないと思う。

でも、私はその人と友人関係を止めた。

ケンカした訳じゃない。

静かに連絡を取らなくなっただけ。





ありがたい事に、娘は元気な子たちを安産で産んだ。

どこにいても、誰が産んでも、何パーセントかの確率で疾患を持った赤ちゃんは生まれる。

それを全て面白おかしく『放射能のせい』って言われたら堪ったもんじゃない。

それって、ここで生きている人への大きく深い差別と言う人災だと思うんだな…。




生き死にに係わる事ではないんだけれど、ガーデニングも大変。

中間管理施設も決まらないままだし、土を他所に持って行ったり捨てられないのよね。

だから使っていた土をふるい、いろいろな物を混ぜて再び植えるんだけどね。

100以上の鉢だからその手間は大変よ。

「その場所でガーデニング自体が無理なんじゃないの?」って言われてる気がして来ちゃう。

実際、ガーデニング自体を止めた庭友さんも1人だけじゃないもんね。



だけど、花は見た人を笑顔に出来ると思うんだ。

衣食住の次かそのまた次に来るものだけど。

でも、見た方がホッとする事があれば、それは意味があるんじゃないかと思うんだよね。

だから「ふくしま希望の種プロジェクト」を有志で立ち上げたんだ。

待っているだけじゃなくて、自分の出来る事で何かしたいと思うから。



私の場合、半分趣味で半分仕事化しているからね。

止めちゃうのって、自分のアイデンティティーの喪失ってコトになるのかな?

いやいや…正直に言おう。

庭にいると、何より私自身がホッとするんだ。



土を触っている時。

出て来た芽を見た時。

庭にいる生き物を眺めている時。

美しく咲いた花を眺め、香りを嗅ぐ時。

そして、植物を通じて出会えた人たちと話をする時。



だから続けるよ。

ここで生きる事も、笑う事も、ガーデニングも、自分で出来る何かも。



これでもか…って程の震災関連番組に嫌気がさして愚痴を書いてたのにね。


今日だからの「てやんでぇ宣言」になっちゃった!(笑)


まぁ…気張りすぎないように淡々と。

でもしっかりと着実に。

自分の出来る事を前を向いてやって行くだけだね。





       DSC06148 - コピー
       今年も植えっぱなしのチューリップの芽が出て来たよ。
       あの時「それでも花は咲く…」と感動した芽。
      






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